SNOW CRYSTAL
-Parfect World Novelize-
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水晶の華 INDEX

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水晶の華 第一話
 友情が恋を飛び越えて愛情に変わったのは、一体いつだったのだろう。化学反応にも似たその複雑な変化の速度は、未だに計測不能。
 ただ、心の奥底まで射抜くような、また死地に赴く時には怜悧な光を宿す緋色の瞳を、美しいと思いはしても、不思議と怖いと思ったことは一度もない。
 もしかしたら、最初から魅かれていたのかもしれない。
 その瞳に。


父さん、母さん
 お元気ですか。わたしもアラバスターも元気です。
 フォンさんがマスターになってから、わたしたちのギルドも少しずつ大きくなって、今では60人以上ものメンバーが籍を置いてるのよ。みんな大家族みたいに仲良くやってる。本当に居心地のいい場所を作れたと思うわ。
 もちろん、修行も怠ってないから安心してね。アラは、剣術の成長が他の人より遅いのを気にしてるみたい。だけど、その分着実に戦い方をマスターしていってるし、


 わたしはその時、ギルド内にある自分の執務室で、両親に向けた手紙を一心に綴っていた。ゴミ箱の中には書き損じが何枚も入っている。
 普段は筆不精気味のわたし、慣れないことはするものじゃないし、したくもないのだが、今回はやむを得ない。どうしても両親に伝えなければならないことがあったのだ。
 ふと手元に影が落ちた。見上げると、怪訝そうな顔が目の前にあった。
「何してんの」
「わ、わっ」
 見られまいと、慌てて手紙を裏返そうとして、脇に積んであった報告書や掲示板用のメモの山を崩してしまった。部屋中にひらひらと紙が舞う。
「ああああ……」
「ホントに何やってんの」
 床に落ちた書類を拾い集めてくれながら、呆れ声。
「幹部の俺にも見せられない極秘書類? サブマスター」
「……いや、その。そういうんじゃないけど」
「けど?」
 言葉に詰まるわたしを、机越しに緋色が射抜く。
「ううう」
 この眼に、わたし本当に弱いんだ。何もかも白状しなきゃいけない気がして。
 青くなったり赤くなったり忙しいわたしをじっと見つめていたローソンは。
「なんだよ、恥ずかしがるような内容じゃないじゃん。親への手紙だろ?」
 不敵な面で、ニヤリと笑った。
「よ、よよ読んだなああぁ!」
「はい、読みましたよ、っと」
 赤面して口をぱくぱくさせている間に、拾った書類を机上に乗せたその手で、ぱっと手紙を取り上げられてしまう。
「あっ、ちょっと。返してよ!」
 立ち上がって奪い返そうと試みたものの、反対にひょいと手首を捕らえられ……何をどうしたのだか、気付けば背後からがっちり抱え込まれてしまっていた。
 もがいたところで、わたしに戦士の腕を振りほどくほどの力はない。もとより手紙を取り返せるほどの俊敏さもないのだから、この結果は当然といえば当然なのだが……魔道師相手に白兵戦で本気出さないでもらいたい。
 わたしが諦めて暴れないのをいいことに、ローソンはじっくりと手紙を読んでいたらしい。
「これ、ちょっとだらだら書き過ぎなんじゃないの、ルティさん。もっと簡潔にさぁ」
「いやあぁぁあ! 添削とかしないでよおぉ!」
「こんなん報告書と一緒でしょうが。そういうの、得意なくせに」
「……だって」
 書こうとしているのは、わたしにとって、とてもとても大切なことなのだ。簡単には言葉にできない。できないから、ついだらだらと書いてしまうわけで……。
「そ、そういうローソンはどうしたのよ」
「俺? んなの、籍入れた翌日に出したぞ」
「いつの間に?!」
「君が疲れて眠りこけてる間にササッと書いたんだよ」
 ハニー、とわざわざ低めた声で耳元をくすぐる。狙いどおりにわたしが羞恥に小さく身体を震わせたのを確認すると、また耳元でクッと短く笑った。
 ずるい。今日の夫は、なんだか意地が悪い。
「内容も至ってシンプルだぜぇ。『結婚した、そのうち連れてく』、以上」
「はああぁぁあ?」
 いくらなんでも、それは簡潔すぎやしませんか。
「いいのいいの、結婚の報告なんてそんなもんなの」
「そ、そうかもしんないけどさぁ……」
 いやいや、わたしはそこまで簡潔にはすまい。やっぱり大切なことだもの。うん。
「とにかく、ルティさん、次からこういうのは家で書いて。俺、コソコソされんの嫌いだからね」
 そう言って、ローソンは、手紙を机上に戻した。まだ解放はしてくれない。でも、いつものように抱きしめてもくれない。やっぱり、怒っている、らしい。
 わたしを捕らえている右腕を両手できゅっと掴んで、顎を埋める。
「……家で書いてても、勝手に読まない?」
「堂々と書いてれば、取り上げてまで読まないよ」
「でも読むのね」
「読むね。たまに添削するかも」
 当然でしょ、と言わんばかりに、彼はあっさりと肯定した。
 ここまできっぱり言われては、ただ気恥ずかしいという理由で隠れて手紙を綴っていた自分が、いかにも間抜けに思えてくる。
「わかった。もうコソコソしません」
 観念して約束を口にした。ただし、全てを受け入れるわけじゃない。
「でも、一つだけ条件を付けさせて」
「なに?」
 一瞬、間をおいて、ゆっくりと見上げる。
「……添削だけは断固お断り」
 一瞬ぽかんとして、それから、くくく、と身体を揺らして本当におかしそうに笑い、ぎゅっと抱きしめてくれたので、わたしはようやく自分が赦されたことを知った。
 なるほど。隠し事はさせないし、力ずくでも暴くってことね。心に留めておかねば。
 仲間としての付き合いは長いけれど、伴侶となってからはほんの数日。まだ知らないことはたくさんある。先は長い。失敗を繰り返しても、ゆっくりと理解しあえたら、それでいい。
 コツコツとノックの音がした。
「仲直りしたなら、そろそろお邪魔してもいい?」
 振り返ると、開け放したままの扉に、足を組んだマスターが優雅にもたれかかっていた。
「フォンさん」
「まったく。二人でいるときは閉めておいてもらわないと、声かけ辛いったらないわよ」
 苦笑されてしまった。一体いつから見られていたのだろう。
 メンバーがいつでも気軽に立ち寄れるようにと、在室時にはいつも扉を開けているのだけど、ローソンが立ち寄ったのに気付かなかったことといい、今回はそれがすっかり仇になったというわけだ。
「よっ、フォンさん。今日も絶妙のタイミングで邪魔しに来たね。その後、彼氏はできた?」
 ローソンの軽口に、ぴきき、とフォンさんのこめかみに青筋が浮いた。
「余計なお世話ですっ! 自分が幸せだからって、人を出歯亀みたいに言わないでちょうだいっ」
 あわわ。最近メンバーが次々結婚してるのを、フォンさんが羨ましがってるコト知ってるくせに、ローソンってば。
 それでも笑顔をキープできるところは、さすがマスターである。……いや、ある意味、普通に怒るより怖いんだけれども。
「フォ、フォンさん。わたしに用事あるんでしょ。何かな?」
 ローソンがようやく解放してくれたので、わたしは手早くメモとペンを準備した。
「あ、いけない。そうでした」
 フォンさんは、こめかみを軽く撫でて(それで青筋を手品みたいに消してしまう彼女を、わたしは畏怖の念を込めて崇拝している)いずまいを正すと、普段どおりの軽やかな足取りでわたしの前に立った。


二話目を読む
水晶の華 INDEX

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水晶の華 第二話
 フォンさんは、左手に大きな封筒を抱えていた。朝から長老の呼び出しに応えて外出していた彼女は、まだ正装とも言える法衣を着たままだった。きっと、戻ってきてすぐにわたしの執務室を訪れたのだろう。
 フォンさんは、確認するようにわたしたちに尋ねた。
「水晶谷のことは、二人とも知ってるわね?」
「ええ、行ったことはないけど、話には聞いたことあるわ」
 ローソンもまた、軽く頷いた。
 世界中の情報を収集できるこの街に長くいれば、必ず耳にする場所だ。
 そこは魔力を帯びた水晶がむき出しになっており、日中に上空から見ると、谷全体が虹色にきらめいて、とても美しい場所だという。しかし、凶悪なモンスターの住家でもあるので、相当の実力がなければ近寄ることすらできないのだそうだ。
「その水晶谷から掘り出した水晶で作られたアイテムが、昨夜盗まれたそうなの」
 わたしは思わずハッと息を飲んだ。
「まさか」
 自分の頬が青ざめていくのがよくわかる。
「ええ、とても強力なマジックアイテムって聞かされたわ。ものがものだけに、何に悪用されるかわからない。一刻も早く奪還しなければならないからと、長老と夏風将軍の連名で、うちを含めていくつかのギルドに指令があったの」
 メモを取る手が震えて、上手く書けない。
 一口にマジックアイテムといっても、子供でも使えるようなものから、街一つ簡単に消滅させられるほどの凶悪な力を持つものまで様々。もともと魔力を帯びたものを特殊なアイテムに作り変えたのであれば、強い力を持つのは間違いない。
 事態は深刻だった。
「全てのギルド、じゃなかったんだ」
 ローソンの言葉に、フォンさんは静かに頷いた。
「ええ。マジックアイテムの扱いに長けた、高位の魔導師にしか扱えないものらしくて。魔道師については、将軍直々のご指名があったほどよ」
 わずかに間をおき、フォンさんは言葉を継いだ。
「うちのギルドでは、ルティさんだった」
 わたしは、青ざめた神妙な顔で頷いた。
 強力なマジックアイテムの中には、魔法抵抗力の低い者が触れてはならないものがある。持ち主の精神を犯したり、少しずつ生命力を吸い取るなどの性質を持つからだ。放って置けば、やがて死に至る。
 こういうアイテムは、魔力や魔法・魔術に対する高い知識を持ち、かつ高い魔法抵抗力を誇る魔導師だけがかろうじて扱える。攻撃力こそ並だが、抵抗力はギルド一高いわたしが指名されたのは得心がいく。
 しかし。
 他職に比べて少ないとはいえ、多くの魔道師が集うこの街では、突出した力があるとは言いがたい。
 わたしたちまで駆り出さねばならないほど、長老と将軍は困窮しているというのだろうか。
 とにかく、情報を収集しなくてはならない。
「盗んだ相手のことは、どのくらいわかってるの?」
 震えそうになる声を抑えて尋ねてみたが、フォンさんは、眉根を寄せてかぶりを振った。
「全くわかっていないそうよ。持ち主は殺されてしまったし、目撃者もいないそうだから。憶測ばかりが飛び交ってる状況ね」
 そう言って、フォンさんは、封筒をわたしに差し出した。
「資料よ」
 封を留めていた紐を解いて、綴じられた紙の束を引っ張り出す。表紙には『調査資料・指名ギルドメンバー用 取扱注意』と書かれていた。
「俺も見ていい?」
「ええ。ルティさんの護衛に何人かついてもらうつもりだから、ローソンにも読んでおいてもらった方がいいわ」
 わたしはフォンさんにソファーを勧め、机上の手紙を引き出しにしまってから自分の椅子に腰を下ろした。フォンさんに許可をもらったローソンは、近くに置いていた予備の椅子をわたしの隣りに引き寄せて、行儀悪く座った。
 ローソンにも見やすいように机上に資料を置いて、ページを繰る。
 一枚目には次のように書かれていた。

この事件について、関係者以外には他言せぬよう厳命する。
夏風将軍


 短い文章から、物々しい雰囲気が漂ってくる。軽く息を吸って、気持ちを落ち着かせると、わたしはまたページを繰った。次こそ調査結果の資料だった。

 昨夜午後十一時頃、祖龍城北の魔道師宅から何者かによって水晶が盗まれた。
 盗まれたのは、水晶谷から掘り出した水晶で作られた強力なマジックアイテムである。水晶の性質から、魔力を充填するアイテムとして使用されていたものと推測されるが、詳細は不明。
 持ち主である魔道師は、肉体の大部分がまるで弾け飛んだかのように室内に四散していた。殺害方法は不明。なお、現場には、魔道師か犯人のどちらかが魔術を行使したと思しき魔力の残滓あり。
 同時刻、周辺の住民が、羽音に似た物音を聞いている。その音は、南から来て南へ去って行ったという。事件との関連は不明。
 衛兵による現場及び周辺の調査は、現在も引き続き行われている。新たに判明した事実は、追って知らせる。


 資料に目を通していたわたしたちは、顔を見合わせた。
 確かに、不明な点ばかりだ。羽音らしき物音の証言にしても、漠然としすぎている。
「これじゃ何もわからんな」
 隣から手を伸ばして資料をめくりながら、ローソンが言った。わたしもフォンさんも頷いて同意を示した。
 次のページには魔道師のプロフィールが、その次のページには魔道師宅の上面図が書かれていたが、ありふれた人間、また自宅兼工房といった感じで、やはり大したことはわからなさそうだった。
 少なくとも、将軍がわたしまでも指名した理由は、なんとなく理解できた。
「現場を見ても構わないのなら、何か掴めるかもしれない。魔術が行使されたのなら、どんな魔術だったのか、とか」
「将軍もそう考えておられたみたい。指名者への許可はもう下りてるから、いつでも現場に行けるわよ」
「いや、待てよ」
 じっと資料を読み返していたローソンが、顔を上げた。
「何でどんな魔法が行使されたかわからなかったんだ? 魔道師くらい、調査隊にもいるだろう?」
 わたしは慎重に答えた。
「魔法じゃなくて『魔術』よ。簡単に言うと、魔法は『過程と結論が定められた奇跡』で、魔術は『たくさんの材料や時間や財力を注ぎ込んで実現する不思議』かな。魔法とは違って、何もかもが自由なものなのよ。術者本人しか知らない独創的な術だって、いくつもあるはずだわ。もちろん、その分、たくさんのことを犠牲にしてると思うけど」
 振り向くと、ローソンは、食べ慣れない物を無理矢理飲み込んだ時と同じ、奇妙な表情をしていた。
 思わず吹き出しそうになったけれど、咳払いをしてごまかした。
 魔法と魔術の違いを理解するのは難しい。わたし自身、理解するまでに長い時間がかかっているし、決して上手い説明ができたとは思っていない。
 講釈は置いておいて、話を進めよう。
「えーと……とにかく、どんな術が行使されたかを知るには、自分も同じような術を知ってなくちゃ想像もできないのよ。将軍は、魔道師の誰かが、行使された魔術かそれに近いものの知識を持ってるかもしれない、って期待してるんだと思う」
 これは推測でしかないが、おそらく間違ってはいないだろう。
 わたしは、わたしが持つ知識の提供を求められただけなのだ。
 もし知っている術が行使されていたり、犯人が誰かわかったとしても、わたしたちが表立って奪還に関わる必要はないはずだ。報告さえしてしまえば、それはきっと、もっと実力のある他の魔道師の仕事になる。
 そう思うと、少し気持ちが楽になった。
 わたしは資料を封筒に戻すと、立ち上がってバッグを取り、封筒を突っ込んだ。ローソンも、いつでも出かけられるようだった。
「とりあえず、現場に行ってみるわ。何かわかったら、将軍に知らせればいいのよね」
「お願いね。うちは、またモンスターが祖龍を襲撃しそうな気配があるそうだから、すぐ警備のローテーションを組み直さないと」
「大丈夫、ローソンいるから。フォンさんは自分の仕事に専念して」
 にっこり笑ったわたしを見て、フォンさんは、深い深いため息をついて天井を見上げた。
「ああもう、たまんないわ。このラブラブ夫婦」


三話目を読む
一話目を読む
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水晶の華 第三話
 殺された魔道師の家は、わたしたちのギルドからそう遠くない住宅街にあった。気持ちよく晴れた朝の城北を、わたしたちはゆっくりと歩いていくことに決めた。
 道中話したのはごく他愛のないことで、状況が違えばただの散歩だったのだけれど、お互い指先までぴんと張り詰めていた。ローソンはいつものコートの下に鎧を着けて剣を帯びていたし、わたしは先ほどのフォンさんと同じように、法衣を纏って胸にはギルドの幹部である証のバッジを付けていたからだ。
 つまり、わたしたちはこの街に本拠を置く冒険者、ギルドの代表者としての正装で現場に赴こうとしていたのである。
 入り口には一人、仏頂面の衛兵が立っていた。
「あいすほりっくのルティルトです。彼はLostwin」
 名乗ってバッジを示すと、衛兵は面倒くさそうに手持ちのリストをめくり、頷いた。
「代表者はここにサインを」
 わたしは差し出されたペンを取り、少し考えてから、『ルティルト・G・シュミット』とサインをした。ペンを返すと、彼は鷹揚に顎と視線で入り口を指した。入ってもいいということらしい。
 玄関の扉をくぐるなり、ローソンがケッと吐き捨てた。
「なんだありゃ。職務怠慢じゃねえの? 失礼にも程があるよ」
「いいわよ、別に。あの人も疲れてるんでしょ」
「いや、あれはダメ。マジでダメ。本気でダメ。俺のルティさんにあの態度は許され」
「はいはい、もうわかったってば」
 なおもブツブツ言うローソンを放っておいて、わたしは奥へと歩を進めた。上面図では、現場となった工房は離れで、裏庭にあった。確か、キッチンの裏口を抜けていかないといけなかったはずだ。
 ついでなので、工房に行く前に、少し家の中も調べてみた。
 内部には、調度品の類はほとんどなかった。寝室とおぼしき部屋には固いベッドとサイドテーブルの上にランプと何冊かの本があっただけだし、タンスの中には数枚の衣類が、キッチンの棚には少しのパンと野菜類、お酒らしき液体が半分ほど入った緑色のビン、一人分の食器と揃いのものではないグラスがいくつか、それらが無造作に納めてあった。どうやら、最低限生活に必要なものを置いているだけのようだった。
「何もないな」
 寝室を調べていたわたしに、ローソンが戸口から声をかけた。
「そうね。ここには魔力は欠片も感じられない。魔法や魔術に関するものは、みんな向こうにあるんだと思うわ」
 わたしは、『薫風』というタイトルの本をそっとベッドサイドに戻した。祖龍の城の南東に位置する桃花庭園を舞台にした、古いロマンス小説のようだ。読みかけだったらしく、後半の部分にしおりが挟んであった。彼は意外とロマンチストだったのかもしれない。
「工房に行きましょう」
 裏口を抜けて、手入れのされていない小さな裏庭を横切っていく。
 そんな短い一瞬に、高く晴れた青い空が目に飛び込む。穏やかな風が髪を撫でるのを感じる。表から子供たちの歓声が聞こえる。どこかで洗濯物を干す、パンパンという威勢のいい音も。少し早い昼食の準備をしているのだろう、食欲を誘う匂いも漂ってくる。ごく当たり前の日常の断片たちを、五感で受け止める。人が殺されたなんて信じられないくらい、ここは本当にのどかな場所だ。
 それは、工房と言うよりは納屋といった雰囲気の建物だった。おそるおそる扉に手をかけたら、ローソンがそれを制した。
「俺が先に入る」
「あ、うん。お願い」
 わたしは素直に場所を譲った。抵抗力はあるが感応力も高いわたしが正体不明の魔力に充ちた場所に入ると、傷ついたり引き摺られることがあって危険なのだ。
 ギイッと軋む扉を開けてローソンが中を覗き込み、そして振り返った。
「平気?」
 扉の向こうから漏れ出てくる空気の中から魔力だけを選り分ける。ごく微量で、影響はなさそうだ。わたしはこくりと頷いてみせた。
 工房に足を踏み入れたわたしたちの注意をまず引いたのは、床や壁に散った大量の血液の痕だった。遺体は片付けられたようだが、血痕はなかなか消えないものだ。元騎士のローソンも、強力なモンスターが多い地域で生まれ育ったわたしも、遺体や血痕はいくらでも目にしたことがあるのだけれど、やっぱり気持ちのいいものではなかった。
 わたしたちは狭い工房の中を調べ始めた。考えていた以上に物は少なかった。魔術書が十冊ほど、価値のあまりない魔法の品々、用途のわからないガラクタもいくつかあった。分解して他のものに造り替えようとしていたのかもしれない。
 魔術の行使には、大抵儀式を伴う。だから、神に祈りを捧げる祭壇があったり、魔法陣が描かれていたり、イケニエを捧げた跡が残っていたりするはずなのだけれど、この工房にはそれらしき痕跡はなかった。彼が魔術を行使したのではなさそうだ。
 わたしは、残留する魔力の分析を始めた。
 思わず顔をしかめる。
 湿った土と、水の気配がかすかにする。それと、何かどろどろとした澱のような感触。なじみがあるようで、全くないようなもの。
「何だろう、これ。よくわからない……」
 この程度のわずかな魔力では、これ以上の分析は困難だった。
 もう一度別の場所で分析し直そうとして、血痕を踏まないように移動するため、体を支えるつもりで壁に軽く右手をついた、とたん。
 ざくっ。
 内側を浸食する熱い感覚。
「つ……っ!」
 わたしは右手を抱いて後ずさった。
 実際には、どこにも怪我はない。感覚があっただけだ。
 それでも、衝撃は腕を痺れさせていた。
「ルティさん?」
「大丈夫……ちょっと痺れただけ」
 わたしはゆっくりと息を吐き出した。痺れはゆるやかに治まっていった。他には何も異常はない。
 手をついた位置を調べると、そこにも血痕がいくつか飛んでいた。
 ゆっくり、指先を近づけていく。
 ローソンはわたしの行動を注視している。
 ごく近い位置で、小さな熱が、わたしを喰らおうと噛みついてきた。
「血液だわ」
 わたしは息を飲んだ。
「血液に魔力が充ちてる」
 工房を充たす魔力と同じものだ。
 目を閉じ、集中して分析を始める。土と、水と、それから……。
「あ」
 熱が、スピードを上げてわたしを喰らう。
 さくさく、さくさく。
 指先から腕へ、肩へ、次々と浸食していく。
「や……何、これ……」
 ひゅう、と喉が鳴った。
 呼吸がうまくできない。
 全身から嫌な汗が吹き出す。
 離れなければ。
 この場から離れなければ。
 ……この恐ろしいものに、引き摺られる。
 不意に、ローソンがわたしの腕を掴んで、壁から引き離した。そのまま、有無を言わさず外に連れ出された。
 わたしはすでに意識がぼうっとしていて、何とかその腕から逃れようと半狂乱になって抵抗していた。彼が腕を放してしまったら、わたしは容赦なく魔法を打ち込んでいたかもしれない。
「ルティさん、ダメだ。戻って」
 ローソンは、半ば操られて暴れるわたしを固く抱き締めた。どれくらいそうしていただろうか、やがてコートの下に着込んだ鎧の、ごつごつとした冷たい鉄の感触が、抱き締められるその苦しさと痛みが、わたしの意識を徐々にクリアにしていく。
 金属と魔力は相性が悪い。金属に触れると魔力の干渉を断ち切ることができる場合もある。それで、万が一を考えてあらかじめ頼んでおいたのだ。
 ……空は高く晴れ、風が穏やかに吹いている。
 わたしは城北の日常に戻ってきた。
「は、あ……」
 呼吸を整え、わたしはゆっくりと緋色の瞳を見上げた。わたしの瞳に理性の光が戻ったことを確認したローソンが、ようやく腕を弛めて安堵のため息をついた。
「危なかった」
「うん……助かった」
 完全に操られる前だったから、わたしは戻ってこられた。
 力を抜いて体を預けた。全身が小刻みに震えていた。法衣は汗でじっとり湿っている。操られた影響も大きかったが、何よりまだ心にあの恐怖が刻みつけられていた。
「怖かった」
 呟きに応えた、労るように背中を撫でる手は、どこまでも優しくて頼もしかった。



第四話を読む

第二話を読む

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水晶の華 第四話
「それで、何かわかった?」
 斜め向かいに座っているローソンの問いに、わたしは頷きで答えた。
 わたしたちは再びキッチンに戻り、テーブルと椅子を拝借していた。少し、身体も精神も休める必要があったからだ。おかげで、震えはようやく治まりつつあった。
「あれは……怒りとか、憎しみとか、恨みとか、ねたみとか、殺意とか……そういう全ての悪感情が練り込まれたものだと思う」
 テーブルの上で組み合わせた手にぎゅっと力を込めた。
 先ほどのことを思い出す。
 わたしは、わたしを捕らえているのはローソンだとわかっていた。そうするよう頼んだのも、自分だとわかっていた。
 それなのに、魔力に浸食されたわたしの心は、一瞬にしてローソンに対する暴力的な怒りと憎しみで充たされた。その感情は、殺意を抱くまでに発展しかけていた。完全に我を失っていたら、間違いなく彼を殺そうとしたはずだ。
 その考えに、わたしは再び恐怖を覚え、ぶるっと身体を震わせた。
 わたしの感応力の高さが災いしたのであって、全ての人がこうなるとは限らないけれど……あの血液は、やっぱり安易に触れてはならないものだ。
「で、どんな魔術だったか、ってのは?」
「それは、わからなかった。あんな恐ろしい魔力を練り上げることができるなんてこと自体、今日初めて知ったもの。単純に人を操るだけのものなのかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
 このことについて、わたしは簡単にメモを書いた。後から調査に来るだろう、他のギルドの人や衛兵たちに注意を与えるために。
 表に出ると、昼食で交代したのか、先程とは違う衛兵が待っていた。彼はわたしたちの話を熱心に聞き取り、メモを受け取ると、必ずここへ来る全ての人たちに注意すると約束してくれた。
 その足で城南の夏風将軍のところへも報告に行ったけれど、祖龍へのモンスターの襲撃に備えて打ち合わせ中ということだったので、秘書官に伝言を残しておいた。
 わたしたちにできるのは、ここまで。
 わたしは、入りっぱなしだった肩の力を抜いた。とたんにお腹がきゅるると鳴った。そういえば、もうお昼時だ。
「はーあ、お腹空いたなぁ」
 情けない声を上げてお腹を押さえると、はは、とローソンが笑った。
「俺も腹減った。なんか食って帰るか」
「うん。……それにしても、あれね」
「何?」
「なんか鉄臭いわ、わたし」
 自分の腕をくんくんと嗅いでみる。やっぱり汗に混じって、むわーっと鉄の臭いがする。
「そりゃまあ、鎧着てる奴に抱かれりゃ臭くもなるさ」
「汗かいてたから余計に?」
「んだね。もうこってりと染みついてるね」
「やだなぁ、もう。早く洗わないと。ローソン、帰ったら洗濯よろしくね」
「なんでだよ」
「だってローソンの鎧のせいだし」
「……んじゃ、ルティさんは俺の鎧の錆落とし、よろしくな」
「やぁよ。それに、錆なんて浮いてないじゃない」
「これから浮くよ。汗っかきの誰かさん抱っこしたもん」
「ううーっ、それはっ……」
 してやったり、とニヤニヤしているローソン。
 くっ、これはわたしの負けか。仕方ない。潔く認めて……。
「錆落としはさすがにムリだぁ。力ないもん。磨くだけで勘弁して」
「うわ、泣きついてきたよ」
「だってホントにムリだもんー」
「はいはい、じゃあきれいに磨いてね。心を込めて、愛情込めて」
「憎しみ、込めてやる」
「それはひどい」
 城西の繁華街を歩きながら、わたしたちは声を上げて笑った。
 果たすべき役割は果たした。後は誰かにまかせておけばいい。
 わたしたちは、もうわたしたちの身の丈に合う仕事に戻ってもいいんだ、と。
 そう思っていた。
 その時は。

 その日の午後にフォンさんへの報告を終え、わたしは法衣を脱いで通常の仕事に戻った。ローソンはギルドの二階にある仮眠用のベッドで眠っている。普段なら叩き起こすところなんだけれども、昨日は深夜までアラの訓練に付き合っていたと言うし、今朝のこともあったから、さすがに疲れたのかもしれない。今日のところは寝かせておいてあげよう。
 たった半日の間に、執務室の机の上にはメモやちらしや報告書や始末書が増えていた。
「もう、また何やらかしたのよ……」
 苦笑しながら、まず始末書を確認する。このギルドにとっては、始末書なんて日常茶飯事で、しかも朝飯前だ。本当に深刻なものから笑い話で済むものまで様々ある。まあ、ほとんどは笑い話なんだけれど。
 今回のものも、ルビちゃんが軽く出奔したという、終わってみれば笑い話で済む程度のものだった。まったく自由人の彼女らしく、始末書の上でもあまり反省している様子は見受けられない。
 フォンさんはすでに目を通したようで、閲覧済みのサインと共に『軽くお説教しておきました。』との走り書きがあった。フォンさんからのお説教があったのなら、さすがに彼女もおとなしくなるだろう。……しばらくの間は、だけれども。
 わたしはくすくす笑いながらサインを入れ、それを編綴する書類専用の箱に入れておいた。
 次に幹部からの報告書をめくって、大まかに目を通した。問題らしきものは特にないようだ。後でゆっくり読むことにして、それを脇にまとめて置いた。
 細々としたメモやちらしに手をつけた。掲示板に貼るもの、特定のメンバーに知らせるもの、わたしへの伝言など、手早く分類して山にしていく。必要のないものはさっと目を通して捨ててしまう。以前は悩みながら分類したり、なかなか捨てられなかったりしたものだけど、今ではほとんど迷わない。
 掲示板に貼るものを取り上げて、執務室を後にする。
 談話室に続く廊下で、まぁくんとわかにゃんに会った。二人とも大きな袋をいくつも抱えている。
「うわー、二人して大荷物抱えて、どうしたの?」
「買い出しだよー。またモンスター襲ってきそうなんでしょ。で、フォンさんに頼まれてさ。糧食糧食」
 わかにゃんがニコニコしながら袋を示して見せた。確かに、たくさんの食材や保存食が入っている。
「そっかそっか、なるほど。ご苦労さまー」
「今からおいしーいパンと、クッキー焼くからね。楽しみにしててね!」
「うん、楽しみに待ってるね!」
 鼻歌交じりにウキウキとしっぽを振りながらキッチンへと歩み去るわかにゃんを見送っていると、まぁくんがこっそり耳打ちをしてきた。
「ルティさん、わかさん、張り切ってどんどん買っちゃって……ちょっと……いやかなり、予算オーバーしちゃったんだけど……これ全部経費で落とせるよね?」
「んー、それは難しいかもねぇ」
「そ、そんなぁ……これ、自腹……?」
 情けない顔のまぁくん。
 わたしは堪えきれずに吹き出した。申し訳ないとは思うんだけど、ついついからかってしまうんだよね。
「うそうそ。フォンさんもわかってて、少なめに頼んでるはずだよ。かえってちょうどいいくらいなんじゃない? きっと経費でいけるわよ」
 わかにゃんの料理好き、そして買い物好きは、メンバー内ではちょっと有名なのだ。だからフォンさんは、予算額をいつも少なめに伝えているらしい。
「そ、そか。それならよかった」
「まぁくーん、早く早く。小麦粉そっちに入ってるんだからー」
「はーい、今行くよー」
 キッチンからの督促にそう応えてから、まぁくんはまたこっそりわたしに耳打ちした。
「わかさんがゴレ出してくれたら、僕、荷物持ちしなくて済むんだけどなぁ」
 ゴレ、というのは、わかにゃんの戦闘用ペットのストーンゴーレムのことだ。確かに力持ちだから、もしかしたらこれくらい持ってくれるかもしれないけれど。
「ダメだよ、奥さんにストップかけるのは旦那さんの役目でしょ。どっちにしても付いて行かないと」
「あ、そか。そだね。買い過ぎ禁止だ」
 ぷっ、と二人して吹き出す。
 まぁくんは、じゃあね、と言って荷物を抱え直すと、よたよたとキッチンに向かっていった。……うーん。これはやっぱり、フォンさんの予定より買い過ぎてるかもしれないな。経費で落とすよう一応わたしからも頼んでおくから、まぁくん、責任持って食べてあげてよね。
 談話室には数人のメンバーがいた。高さと長さの違うツインテールが寄り添って、何かを熱心に見ている。コンちゃんとナジュさんだ。
 掲示板にメモやチラシを貼り付け、いらないものを外し終わっても、二人はまだ同じ姿勢で、時折くすくすと笑い声を上げていた。
「二人とも、そんなに一生懸命、なに見てるの?」
 声をかけると、弾かれたように振り向く。
「あ、ルティさん。見て見て、これ。すっごいおもしろいよ!」
「うん、ホントおもしろいの! 見て見てっ!」
 二対の目がキラキラ輝いている。差し出されたのは、見覚えのあるタイトルの本だった。


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